他人に攻撃された時の「1つの視点」ー「優しすぎる」って悪いこと?

未熟な人間同士が失敗しまくるのが「この世」

 

 

できれば、「お互いに責め合う」のをやめて・・常に、癒しあえる世の中になればいいんだけど。

 

そこは、未熟な人間同士が失敗しまくるのが「この世」なので・・・時おり、「理不尽なこと」が起こるよね?

 

るりかだって、未熟な人間だし・・どちらかというと、「失敗しまくるタイプ」なので、他人をいらいらさせたりする。

 

だから、反省だってちゃんとするし、そのしんどい経験をプラスに変えて、「人一倍の優しさ」を育ててきたつもりだ。

 

 

「キレイごと」なんて言いたくない。でも、「ある悲しい経験」をした人は、「その具体的な悲しさ」を理解してあげられるようになるのは、確かだと思う。

 

正直、私は、「親との不仲」を経験していなかった時には、こんな風に思っていた。「親と不仲な人は、がんばりが足りないだけ」と。上から目線でしたね・・ごめんなさい!

 

でも、その後、親とのひどーい不仲を経験してからは・・そんなことは言えなくなってしまった。

 

人は、「自分ごと」にならないうちは、知らないうちに傲慢になってしまう。悲しいけど、それが、ある種の現実なのだ。

 

攻撃は「恐れ」の表れなのです

 

 

どうしても、人は、物ごとを「自分中心」に考えてしまうので。「自分とは異なる人を攻撃する」ことがありますよね?

 

でも、「他人を激しく攻撃しっちゃっている時」に、ふと冷静に自分を見つめてほしい。

 

心理学では、「攻撃する」っていうのは、「何かをひどく恐れている」という心理の表れ。だから、「自分は、いったい、何を怖がっているのかな?」と考えてほしいのです。

 

 

例えば、るりかは、昔、職場で上司に「いじめ」を受けたことがあったの。

 

もちろん、やっている本人は「いじめ」だなんて思っていない。でも、「日々、ヒステリックなダメ出しを浴びせられること」は、私にとっては「いじめ」でした。

 

この状況をよい方向へと変えようと、反省してふるまいを変えたり・・理不尽なことを言われたら、思いきって反撃してみても・・効果なし。いろいろな本を読んで、自分なりの対策をしてみても、その「いじめ」はひどくなるばかり・・

 

 

結局は、「別の上司」や「その上の部門」に、ありとあらゆる方法で「いじめ」を訴えました。

 

最初は分かってもらえなかったけど、半年かけて「その深刻さ」を理解してもらえて。やっと、部署を変えてもらえた時には、私は、もう心身ともに「くたくた」で・・

 

上司は「何を」恐れていたのか?

 

 

やっと、心が穏やかになってから、るりかは、さらに心理学を勉強したりして・・じっくりと考えてみました。

 

「日々、私にいじめや攻撃をしていた上司(Mさん)は、何を恐れていたのかな?」と。

 

もちろん、他にもいろいろな理由があったとは思うけど。時おり、Mさんが、ぼそっとつぶやいていたセリフがあって・・それは、「自分(←Mさんのこと)は、優しくない」と。

 

そして・・るりかには、「あなたは、優しすぎてダメだ!!」と攻撃していた。(もちろん、これだけじゃなくて、他のヒステリックな言葉でたくさん攻撃されたけどね)

 

 

当時、私は、なんで「優しすぎる!と攻撃されるのかな?」と思っていた。

 

けど、人の心理とは不思議なもので、日々上司にひどく責められていると、「優しいこと=ダメなこと」と勘違いし、思い悩むようになってくる。

 

今思えば、Mさんは、「るりかの中にある*優しさ」がうらやましかったってのも、攻撃する理由の1つだったかもしれません。(私が、自分で言うと、ちょっとずうずうしいですね・・(^-^; )

 

辛い想いを「さらなる*優しさ」に変えていく

 

 

悲しいけど・・いじめをする人は、「いじめをしている」と気づいていないし。それどころか、誰かをひどく攻撃することで、「自分の正義を広めている」と誇らしく思っている。

 

だから、一番いいのは、私たちは、「そんな人たちの*ふるまい」を反面教師にして、その辛い経験から「自分のさらなる優しさ」を育てていくことかな。

 

 

繰り返すけど、心理学では、「攻撃する」っていうのは、「何かをひどく恐れている」という心理の表れ。

 

あのね、自分が、誰かをひどく攻撃しちゃっている時には、「私は、いったい、何を怖がっているのかな?」と考えてほしい。

 

そして・・自分の中にある「その恐れ」と向き合って、「恐いよね。でも、大丈夫だよ」と自分で自分を癒してあげてほしいのです。(*^^*)

 

 

2019年 9月2日 記

 

 

いい時もあるし、悪い時もあります。

 

自分もまた、それで、初心に戻れたりしましたね。

 

僕は、やっているうちに人生は円だと思ってきました。

 

朝があれば、昼があり、夜があって、朝がくる。季節で言えば、冬がくれば、春、夏、秋がきて。これは、もう止めようがありません。

 

人間も、サイクルみたいなものがあって、調子がいいときもあれば、悪いときもある。

 

調子が悪いのをどう短くするか。それをできるだけ短くするのは、自分なりのものがある思いますね。

 

ー 王 貞治 −

 

(元プロ野球選手、野球監督)

 

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